うたかたの軌跡

第二部

王家を信じ生活を委ね頼ってくれている民を守る為に最初 はただひたすら戦った。

しかし予想以上に戦いが長引き、兵にも民にも犠牲が増え続け、
民の中にも王家への不信を露わにする者が出始める。

王は無血開城の交渉を何度も申し入れた。

再三の申し入れを拒み続ける反徒の長に王自ら交渉に向かい・・・

そして王は・・・・討たれたのだ。




兵は疲弊し国の重鎮は次々に討たれ、既に執政に携わっていた者の殆んどが姿を消した。それでもなお反徒は力を緩めない。王家側に附いた兵や民を粛清し始め たのだ。
これ以上犠牲を出す訳にはいかなかった。

王亡き後、激動の中、国を継いだ王女アリーナは最後の交渉に出た。

使者を選ぶ余地などもう既に無い。


「私にはもう使える腕があなたしかありません。」

背筋を伸ばし、玉座から部下である最後の一人に言葉を落とす。

「クリフト・・・国を統べる者としてあなたに最後の勅命を下します。」

目の前に跪く男に歩み寄り顔を上げさせた。
藍の双眸は全てを悟っているように静かに言葉を待っている。

「一つは・・・明朝、前線に赴き最後の交渉を・・・。私の首と引き換えに残った兵と民の命を約束して欲しいと。」

言葉と同時に手に持っていたロザリオを男の首にかける。
せめてもの守りに・・・。

当然命の保障などあろう筈がない。
しかしもう出来ることはこれしか無いのだ。


男は微笑み穏やかに応える。

「御意・・・・」

これ以上無いと言うような笑顔だった。

「その御勅語、謹んで賜ります。」





アリーナは更に一歩近づく。

「そしてもう一つは・・・」



アリーナは男の髪に触れる。
何度も愛しげに指を通した。



「明朝、前線へ発つまでの間・・・私の夫となること・・・・」


男は目を細めアリーナの口付けを素直に受けた。



既に人の影も僅かな城内・・・
広い空間が与える虚無感を埋めるように二人は身体を重ねる。
























前線は強靭な魔法陣と歩兵に守られた反徒達が、残った僅かな王家の兵の陣を遠巻きに見ている。どちらにも負傷者が多数出ている。
なんの為の戦いか・・・

魔物達との戦いが終わり闇の力が薄れていたにも関わらず、人々の心の中に巣食った闇までも消すことは叶わなかったのか。


あの戦いの後サントハイムは荒廃の一途を辿った。
施政者を失っていた間に、国の端々では腹に一物を持つ輩が根を回し始めていた。
そういう者はどんな平和な国であろうと常に存在するのだ。
国の中心が乱れ財力に陰りが見え始めると、地方の貴族達が挙って施政に入り込む。
権力は金という魔物に飲み込まれ、正常な形を保てなくなりやがて均衡を失った。

城に人が戻り王が玉座に還っても、均衡を失った組織は正常な機能を取り戻せずにいた。既に国の端々まで王の施政が届かない程に・・・。
地方には税に苦しみ、国への不信を募らせる民が溢れ、それを王城に伝える組織も病んで力を失っている。アリーナ姫とその部下達が尽力を尽くし地方を周り不 正を叩いても、後から後から欲にまみれた輩が這い上がってくる。

国土と国民の心の荒廃を癒せるほどの国力は残っていなかった。

ただ王家への憎しみで駆り立てられた者達は、その矛先を失う事を恐れているようにも思える。渦巻いた負のエネルギーは王を打った事で行き場を失いつつあ る。だからこそ最後の血の一滴たりとも見逃す事ができないのだろう。

自分達の背後・・・・・
安全な場所で決着をまっている腐敗した権力者達の姿など見えてはいないのだ。




一人の神官が広い戦場の只中に立つ。

決して見通しが良いとは言えない森の中、今は何一つ言葉もない。

反徒側の歩兵達は黙って弓を構えている。

双方の陣から固唾を呑む音すら聞こえてきそうだ。




王家の最後の使者は一刻ほど前、既に王家から託された最後の述懐を
放っていた。
反徒の長に向かって・・・
託された言葉は全て伝えた。

出来ることはこれで全て・・・。

ただ今は静かに待つのみ。








「武器を構えておきながら何が降伏か・・・」

長い沈黙の後、ついに反徒の長が口を開いた。

「武器はありません。本当です。」

クリフトは帯刀していない。

世界を救ったという導かれし8人の内の一人。
あの戦いで培われた剣と魔法。
国内外を見渡しても導かれし者以外でその力に勝る者などいない。


「お主自身が最強の武器のうちの一つであることは皆承知している。」



「恐怖の呪文で、尚も人々を圧政のもと抑え続けるつもりか・・・」


胸に痛みが走った。
王陛下とアリーナ姫が最も気を使い、心を砕いた事が仇となっている。


「国を統べる為に死の呪文など使いません。どんな攻撃魔法であってもそうです。
だからこそ、王陛下もアリーナ姫様も最後まで私とブライ様を前線に立たせなかったのです。」






「言葉を伝える為の人間がもう私しかいないのです。どうか信じて下さい。」


反徒の中からもざわめきが聞こえる。

戦いに迷う者が出ているのは確かだった。

迷いは兵力の妨げになる。

それを振り切るように、反徒の長は号令を放った。
同時に右手を上げる。

一斉に矢が放たれた。


無数の矢が一人の男の身体を貫く。

両手を広げ、自ら全てを受けているように見える。

王家の兵は動けなかった。

それは彼との最後の約束だった。

己が倒れ、動きを止め言葉を発しなくなるまでは動くな・・・・・・と。

矢を受けてなお立ち続け、両手を下ろさない男を見て反徒の兵は恐れおののいた。


その両の手から光を放ち始めるのが見てとれる。

「いかん!呪文を放つつもりだ。早く息の根を止めろ!」

更に激しく矢が放たれる。

神官の手から溢れた光はその場にいる全ての人間を覆った。

その光の中で静かにその男の身体が崩れていくのが確認できた。





辺りは再び静けさを取り戻す。

王家の最後の使者は倒れた。

反徒の長は、前進の号令を放つ。

しかし歩兵達はすぐに動けなかった。

自分達の身体に起こった異変に気付いたからだ。

昼夜を問わず続いた戦いで、薬草も回復魔法を使える者の魔力も尽きていた。

つい先程まで皆、傷の痛みと戦いながら立っていたのだ。

それが全て癒されている。

反徒の兵も王家の兵も全て。


何百人もの人間の傷をたった一人で完全に回復させた、その魔法力に今度こそ全ての人々は畏怖を抱いた。

それだけの力を持ちながら己の身だけは癒すことをしなかったその精神にも。

それは決して恐怖ではない。

あの光を受けた全ての人々が感じた事である。


もう既にその肉体から発する言葉では無かったが、その場にいる者全てに伝わった。

「これがサントハイム王家の最後の願いです。」






しかし兵は前に進むしかなかった。

迷いを抱えながらも己の信じてきた道を振り返る余裕がない・・・ここは戦場。

完全に優勢だったはずの反徒の兵は、迷いと心の痛みに完全に兵力を欠いていた。

そして迎え撃つ王家の兵は尚もやり切れない心の痛みを抱え、闘った。

何の為に・・・彼は・・・

日暮れを迎え、満身創痍でそれぞれが撤退を始めた。

それぞれに己が人として失った物の大きさを知る。
身体の傷が癒えようとも、心に残った傷はいつまでも疼いた。














その後、神官の姿を見た者はいない。








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