うたかたの軌跡

第一部

燃えるような紅色の空。
かつて共に旅をした仲間へ想いを馳せ、彼の地に向かい一心に祈りを捧げる。
どうか無事でありますように・・・。

どんな闘いの日々であろうと、陽は昇り漆黒の闇は照らされ蒼の宇宙は光に満たされた。宵には明日への約束と共に緋色に焼けたその身を地平に預け、闇の中の 導きを星々に委ねる。闇は生きとし生けるもの全てを安らかな眠りに誘い、明日の生命を育む為の揺り籠となる。


生まれ出ずる者はいつか身罷り無に還る

無とは容ならざるもの

無は容ならざるもので埋め尽くされている

在る物など無い

また無い物も無い

この世のすべては無に還り、無から生まれてはまた巡る




国は生き物

人の世に栄え人の世に滅ぶ・・・

一国が無に還り、容ならざるもので溢れ

大きなうねりと共に新たな生き物に生まれ換わる

それは遥か創世の時から繰り返されてきたこの世の輪廻で ある




「まるで流されてる血を映しているような空だわ・・・」
一心に祈りを捧げていたミネアの瞳はそのまま空の紅を映していた。
あの闘いの旅の間にも同じような空を見た。血の色に染まった空。
自分が倒した魔物達の血も赤かった。
旅を始めた頃は夕陽の赤が鮮やかなほど悲しみも大きかった。
しかし悲しみも苦しみも分かち合い、共に駆ける仲間達がいたから
未来を信じ、自らの占いですら見れない明日をも恐れずに進んでこれたのだ。



「明日が見えない・・・。」
見えない事をこんなに恐れた事は無かった。
見えないのではない。
見る事を拒んでいる自身の心を知っている。

ミネアの頬に涙が流れた。

「ミネア・・・あんた・・・」

その涙の意味を悟って姉は静かに彼女の頭を胸に抱く。









サントハイム王国で大きな一揆が起こったという。
それは一地方の山村からはじまり、うねりとなって各地に広がった。
最初は賊の反逆だと聞いた、その粛清に王家が立ち向かっていると。
しかしいつしかその反徒に剣と魔法の心得有る者達が集い、力を増し王家へ反旗を翻した。他国の勢力が尽力したとの噂もある。


「姉さんどうだった?」
「だめ・・・入れないわ。」

国土は何者かによって結界が張られ立ち入る事も叶わなかった。
勇者のルーラやキメラの翼も使えない。

あの大陸で何が起こっているのか、外にいる者には知る事ができない。
国土から出て来る者の話から推測するしかない。
出て来ることが出来ても入ることができないのだ。

そうして一年以上が過ぎようとしていた。








夜半ドアを叩く者がいた。

二人はその客を招き入れた。
忘れよう筈も無い、凛と輝く瞳と亜麻色の髪。

「アリーナ!」

倒れこむように二人にすがった。

再会を喜ぶ余裕もない。



「国が・・・・」
痛々しい程に低く呟く。
しかしアリーナの双眸はあの頃のままの光を失ってはいなかった。


「噂は聞いてるわ。中で何が起こってるの?」
「サントハイム史上最大の政変よ・・・」


静かな声で応えた。


アリーナは苦しげにその場で膝を折る。
丸みを帯びたその腹部を腕で庇う様に抱き懇願する。

「マーニャ、ミネアお願いがあるの・・・」

「あんたその身体・・・」

マーニャもミネアも悟った。
臨月を迎えている。
そして夜空には満ちた月。
今しも一つの命が産まれ出ようとしている。




月が天球の真上に差し掛かる頃、彼は大きな産声と共にこの世に現れた。

「よく頑張ったね、アリーナ。」

まだ呼吸の落ち着かないアリーナの頬をマーニャが優しく撫でる。
「男の子よ。」

ミネアが産湯を済ませた小さな「命」をアリーナの胸元に返した。

「よく来たね・・・。」


そこにはもう既に母の顔をしたアリーナがいた。
母乳を与え始める。

「この髪の色・・・・。」

マーニャもミネアも見覚えがある。
夕暮れ前の空の色。
ランプの灯りが吸い込まれそうな深い藍。

アリーナは無言で微笑んだ。












それから数日、母子は静かに過ごした。

マーニャもミネアもアリーナが話せる以上の事を聞かなかった。

たくさんの物を失ったのだという事は伝わってくる。

「私達ができる事はなんでもするわ。ユーリルもライアンもトルネコも協力するって。」

「私達が力を合わせれば出来ないことなんてないわよ。」

アリーナは静かに答える。

「民が望まない王家をこれ以上存続させる意味はないわ。これは国を統べる者と民との問題。王家がその力を失い敗れるのであればそれが民意よ。皆の力を借り るべき事じゃないわ。」

「そんな他人行儀なこと・・・。」

「ううん・・・民の為にもこれ以上戦いを長引かせる訳にはいかない。
私が今やるべき事は残っている身近な人々の命を守る事だけ。
随分と早い時期に無血開城の交渉に当たったけど受け入れてもらえなかったから。」

時代のうねりに飲み込まれ、あの国はもう引き返せない所まできている。
マーニャもミネアも素直に受け入れるしか無かった。

「マーニャ、ミネア・・・この子をお願い。」

「な・・・何いってんのあんた。まさか・・・」

「私は最後の仕事を終わらせなければならないの。王家の血を継ぐ最後の人間として・・・」

「戻るつもり?そんな事許さないわよ。」


「この子をトルネコさんの所に預けてもらえないかしら。一番経済的負担が少ないと思うし・・・。」

「アリーナ!!」


二人の瞳を真っ直ぐに見据え、静かに続ける。



「私には・・・人間として・・・一人の女として、誰よりも傍に居たくて何よりも守りたかった大切なものがあったの。でも王家の人間としてそれを手放さなけ ればならなかった。自らの意思で手放した。」

「だからこの子は・・・この子だけは一人の女として、なにがあっても守りたいの。」

姉妹は目を合わせた。意味は伝わった。

「それは・・・解ったわ。」

「でも忘れないで子供には親の愛が必要よ。これからもずっと・・・・」

「この数日間で・・・一生分愛した。」

「アリーナ・・・あんた・・・」













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