翼が在れば



ある日城に来客があった。
客はアリーナ姫に小さな土産を置いて帰っていった。



「わぁ、可愛いー!」
きらびやかな光沢を放つ籠の中には小さな鳥。
儚げな囀りがアリーナ姫の心を捉えたようだった。
鼻の頭に籠の痕が付くのではないかと思うほど食い入る様に見つめている。

「綺麗な羽の色ね。」
「そうですね。なんと言う鳥なんでしょう・・・。後で調べてみましょうね。」
「うん」

夢中になってる姫をクリフトは笑顔で見守る。

鳥は籠の中でちょちょこと落ち着きなく跳ねていた。

「籠の中は、狭くて可愛そう・・・。」

姫の言葉にドキッとしてクリフトは言った。
「この鳥には十分な大きさだと思いますが・・・どうしてもとおっしゃるなら
もう少し大きな物を手配しましょうか。」

「・・・うん。」

「では、お願いしてきます。」

「決して籠から放そうなんて思わないで下さいね。
この鳥は飼われている鳥です。外では生きていけませんから。」

「・・・・」

物憂げな姫を残してクリフトは城の道具職人を訪ねていった。




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「姫様・・・・。だからあれほど申し上げましたのに・・・」
クリフトは肩を落とし溜息交じりに言った。
戻ってくれば予想通り・・・。

「ごめんなさい。・・・羽がね、籠に当たって痛そうだったからちょっとだけ・・・・」

「ちょっとだけと思ったのに戻ってくれないの。」
室内の壁にぶつかりつつ飛び回る鳥を、ただ眺めることしかできない。
「慣れない場所に連れてこられて興奮しているんですよ、きっと。」
アリーナは後悔で言葉が出なかった。

「網を借りてきます。」
部屋の隅に行ったのを確認して素早くドアを開け、クリフトが出ようとした瞬間。

「あっ!」
まるでチャンスを狙っていたかのように鳥は廊下へ飛び出した。
二人で同時に追いかける。

壁にぶつかりつつ、闇雲に飛び続け階段の踊り場にたどり着いた。
吹き抜けになっているホールの壁には大きな窓。
その窓は開かれていた。

(だめだ・・・)
二人は同時に思った。

日の光を浴び、鮮やかな色をした羽は青い空へと吸い込まれていく。

二人が外に出たときには、木々の梢を超えかなりの高さまで上っていた。
日の光が眩しくて目で追えないほどだった。

「姫様、もう私達には追えません。」
息をつきながら姫を見下ろす。
アリーナ姫は青い顔をして空を睨んでいる。
「クリフト!!」
突然叫んだ。
アリーナ姫の方がはるかに視力がいいので、クリフトは目を細めながら鳥の消えた方を見つめた。
大きな鳥、鷹だろうか・・・・が狙っている。
「大変です!」

必死で走って真下までは来たものの、何も出来なかった。
逃げ惑う小鳥の影は見える。

爪がかかったと思われた瞬間、かろうじて木陰に逃げ込んだ。
しかし大きな鳥はまだ旋回している。
二人で石を投げ声を張り上げて威嚇した。

まもなく小鳥は力なく落ちてきた。
駆け寄った二人が見たのは、ぼろぼろになった羽を尚も動かし飛ぼうとする小鳥。
声はもう断末魔に近かった。

慌ててクリフトが手をかざす。
「ホイミ!」
「ホイミ!」
「ホイミ・・・・」

鳥は既に回復魔法が届かない所へ逝っていた。
クリフトの手の中で小さな体を横たえる。

「ご・・・ごめんなさい・・・・。ごめんなさい!」
姫は自分には治癒能力はないとわかっていても手をかざし何かを必死で唱えていた。

「・・・・」
血に汚れた羽の上に雫が落ちる。
アリーナは自分の涙だと思った。
しかしそれは自分嗚咽とは異なり静かに流れる。

クリフトの瞳から音もなく落ちる涙、声も出さず・・・

アリーナは自分の大きな過ちを実感した。

「ごめんなさい。」
小さな小鳥に申し訳なかった。

「助けられなくて・・・すみません。」
小鳥に対してだろう
でも視線は交互にアリーナにも向けられる。
搾り出すようなクリフトの声を聞いた。

「力が足りなくて・・・」
(あなたを悲しませてしまって)
それが伝わったから余計に申し訳なくて、情けなくてアリーナは声を出して泣いた。
「ごめんなさい!・・・ごめんね・・・ごめんね。」

自分の不注意で、自分のわがままで。
命を奪ってしまった小鳥に対してどう詫びていいか分からない。
詫びようもない。

優しいクリフト。
自分の事では決して涙を見せたりしない。
その涙は・・・

優しい彼を深く傷つけた。

小さな小鳥、優しい人を・・・

「もう、絶対こんなことしない・・・。」
大切なものを傷つけたりしない。
「二度と・・・」

涙でくしゃくしゃになりながら二人で小さな亡骸を弔った。


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5年後

「姫様ー!どこへ隠れてらっしゃるんですか!?」
「ひーめーさーまー」

いつもの侍女達の声。
もう慣れているのか焦りは感じられないが、皆の声からはうんざりといった感情が伺える。

「クリフト殿、姫様を見ませんでした?作法の先生が大変お怒りです。」

「またですか・・・。」
深い溜息をつく。
「残念ですが、今日はまだお会いしていません。
次は私の授業の予定でしたので、探していた所です。」

侍女達は「ああ、もう!」と口々に愚痴りながら走っていった。

心当たりが無い訳ではないので、クリフトの足は迷い無く進む。
城の南東にある塔にたどり着いた。

塔の入り口のドアノブに手をかける。
動かない。

塔を見上げると窓が開いているのが見て取れた。
「姫様!いらっしゃるのでしょう?」
返事は無い。
代わりに縄梯子が降って来た。

「!!!」
アリーナ姫の手作りと思われるその縄梯子をクリフトは引っ張って検分した。
「私に昇って来いとおっしゃるのですか!」
自分の血の気が引いていくのがわかる。

「姫様!」

やはり返事は無かった。
「分かりましたよ・・・」
きしむ縄の音を聞きながら、できるだけ下を見ないよう慎重に昇る。
縄梯子が括り付けられている窓枠を掴み、勢いよく自分の体を中に引きずり込んだ。

「ご苦労様。ちゃんと縄梯子を引き上げといてね。」
ぜいぜいと重い呼吸をしながら見上げると、いつもの彼女がそこにいた。

反対側の窓から外の景色を見ている。

「姫様・・・また授業をサボりましたね。」
「その上塔の入り口まで塞いで・・・」
息を整えながらなのでなかなか言葉が続かない。

「外が見たくなったの、誰にも邪魔されずに。」
「・・・・」
窓から離れず、景色から目も離さず言うアリーナ姫の表情は伺えない。
クリフトは古びた椅子に腰掛ける。
この塔は昔、物見台として兵士達が詰めていたらしい。
ちょっとした家具と道具がごちゃごちゃと置いてあった。

「ならば何故私を昇らせたのですか・・・。」
半分呆れたように言う。

「クリフトは邪魔しないもの。」
つまり脅迫だ・・・と思った。

「では満足されたら声を掛けて下さい。私はここでお祈りをしてます。」
小さな聖書をポケットから出して広げる。

「付き合ってくれるの?」
「私はついさっき大勢の方に姫様の居場所を聞かれました。
きっとまだ探しています、嘘つきになりたくはありませんから。」

「ありがとう」

遠く山の稜線から反対側の水平線へ視線を巡らす。
「世界は広いのね。」
「・・・ええ。」

「知らない国、知らない人がたくさんいるんだわ。きっと強い人がたくさん。」
もう国内で思いつく限りの対戦相手と戦って負ける事はなかった。
「もっと強い人と戦ってみたいな。」
「そういえば、先日近衛隊長からも一本取ったそうで・・。」

「もう十分だと思いますが・・・。なぜそこまで・・・」

「もっともっと強くなりたいもの。」

声に熱がこもっているのがわかる。
窓から身を乗り出すように空を眺めている。

「姫様!」
無意識に駆け寄り姫の身体に手をかけ、塔内に引きずり込んだ。
「わっ、何?びっくりするじゃない。」

「あ、すみません。つい・・・」
時々不安になる。
「姫様がそのまま飛んで行ってしまうような気がして・・・」
腰に回した手が震えているのがわかる。
「いくら私でもこの高さは無理よ。」
冗談めいた言葉を口にするけれど気持ちは真剣。
お互いの気持ちは良く分かる。
心に同じ傷があるから。

「私の手の届かない所へ行ってしまうような・・・」

「大丈夫。飛び出すのはもっと鍛えてから。」
(もう二度とあんなことしない。)

お互いの手の届かないところで傷つかないように。
「だからもっと強くなる。」

「少し離れていてもクリフトが安心して見ていられるように強くなるから。
自分を守れるように、クリフトの事も守れるように強くなるから。」

自分が傷つく事で、心に傷を負う人がいる。
何よりもまず自分を守れるようになる事、それが一番。

「貴方と同じ高さまで飛べる翼を手に入れるのは大変です。
とても追いつけない・・・」
冗談めいた泣き言のようだが、気持ちは真剣。

二人で見上げたあの空を思い出す。
もどかしさ、不甲斐無さ、無力さ、絶望感・・・・。

言葉にしなくてもお互いの思いが重なる。






「回復呪文・補助呪文・蘇生呪文・薬草・・・
毎日毎日、教会のお勤めと剣の訓練の後に分厚い本でお勉強。
もう十分だと思うけど、どうしてそこまで?夜更かしさん。」

「・・・・・。」

「私にはとても追いつけないわ・・・。」


あんな思いは二度としたくない、させたくない。

だからと言って、お互いを閉じ込める籠にはなりたくない。

だから翼を手に入れる。

同じ高さまで飛べるように。




塔を抜ける風は空の一部。

二人はいつか羽ばたくであろう空の一欠けらを、胸に吸い込みそっと閉じ込める。

まだまだ・・・・だ。






「もっともっと強くなりたい。」










旅の始まりまでは、まだもう少し・・・。


































ここまで読んで下さった方お疲れ様でした。
相変わらずヘタレな文章力ですみません。

一人称?二人称?それがどうした!
て感じのまとまりのない文章ですね。
ほとんど二人同時進行。
今回は書いてて年齢設定がすごくあやふやでした。
一部ではアリーナ8歳、クリフト13歳
二部ではアリーナ13歳、クリフト18歳くらいでしょうか・・・
この翌年に出発かな・・・。相変わらずクリアリMy設定の安定しないむにです。

内容的にはクリアリ原点イラストのNo.7にちょっとリンクしてる感じですね。

基本は絆の深い(主従・親子・兄妹・夫婦全部ひっくるめて)二人なのです。
私の中では未だに恋愛感のある二人が書けていません。
恋愛を超えた信頼関係を描く事に喜びを感じてます。

ラブラブだ。
と言われる事もあるのですが書いてる本人に自覚が無い。
無意識にラブラブを書けたとしたら、真のクリアリストかもしれません。(笑)