鳥
「クリフトはどこ?」
もう何度問いかけたことだろう。
父王にも教育係のブライにも、彼の上司であった司祭にも
大臣や城に勤める官達にも・・・。
「クリフトを見なかった?」
そして城下に出ては街の人にも、出入りの商人にも
かつて共に旅をした仲間にも・・・。
しかし誰に聞いても求める答えは返ってこなかった。
彼が城から姿を消して数年が過ぎ
彼の消息は依然としてアリーナ姫の耳に届くことはなかった。
幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染。
成人して王宮付きの神官となり、世界を救う旅の間にも
片時も離れることなく、常に傍に居た。
失ってからわかる。
これほどまでに自分が彼を必要としていたのだと。
まるで身体の半分が抉られて
生命を維持するための大切な器官が失われたかのように
呼吸すら重く辛く
食物は異物のように体内に取り入れる事が不快に感じられ
かつての戦いにおいては爪の先、髪の先まで研ぎ澄まされ
自由自在であったはずの身体すら、今は重く足を運ぶその一動がたまらなく苦痛だった。
自分が自分で在り得たのは彼がいたから。
まるで空気のように、そこに在る事があまりにも当たり前で
気付かなかった。
解ったことは唯一つ
彼は自らの意思で城を出て行った
ということだけ。
損失は大きかったが、それで己を失っていいほどに自身の存在は軽くないのだと
王女であるアリーナ姫は十重に承知している。
己の背負っているものの大きさを・・・
自失する事すら許されないのだと
解っている。
生きている限り前に進むしかないのだと・・・。
かくして王女アリーナは婿をとりその年に王子を儲け
翌年には王位を継承し、サントハイム女王となった。
心にできた隙間を完全に埋めることは叶わずとも
その上を覆うように穏やかな日常が過ぎてゆく。
これが父王の、ブライの、大臣やその他の官達、国民の
望んだことだったのだと
彼が教えてくれた。
「結婚なんて嫌よ!まだ早いわ」
旅を終え城に戻って以降何度となく繰り返された問答。
「もう少し真剣にご自身とサントハイムの将来の事をお考え下さい」
彼は何度も言ったのだ。
それから逃げていたのは自分
もう少しあのままでいたかった
彼が傍にいてくれる事で安心しきっていて
大切な事から逃げていた。
城内でも彼の存在が王女の婚姻の妨げになっていると
呟かれていたのを知っていた。
なのに目の前の温もりを手放したくないとそればかりに固執しすぎて
大きな過ちを犯したのだ。
物事には順序がある。
はじめから真摯に彼を望めば、例え道は険しくとも得られたかもしれない。
父王を説得し、ブライを説得し、大臣を貴族達を納得させて
彼との未来を開けたかもしれないのだ。
だがそれに気付くことができなかった。
神官としての将来を期待され、父王からも信の篤かった彼が
その将来をも投げ打って教えてくれるまで
皆に己の意思を伝えることも
いや己の意思を自身で確認することすらしなかった。
彼への想いに気付いた時
既に彼の姿は城内にも、国内にもなかった・・・。
自身の過ちは永遠に背負ってゆくしかない。
痛みを伴って。
月日は流れ、
ある日思いもかけない人物から思いもかけない形で訃報を聞くこととなった。
訃報を伝えた人物はかつての旅の仲間
赤い羽根飾りの付いた兜を傍らに置き、玉座の前に跪く。
「クリフトが・・・?」
何故?と・・・伝えられた全ての事が信じられず、言葉は一つしか出てこない。
先ずはクリフトが身罷った事実に対して
そしてバトランドの王宮戦士である彼が直々に伝えてきた事
クリフトがバトランドにいたという事実
クリフトが城から姿を消してすぐ、アリーナ自身、自ら彼を探して各国を駆け回った。
もちろんかつての仲間をも頼り何度となく訪ねた。
誰も彼の消息を知らず、アリーナの懇願で捜索に協力もしてくれたのだった。
「その後なのです、彼がバトランドにやってきたのは・・・」
クリフトらしいと思った。
彼はアリーナ姫がかつての仲間を頼って各国を捜索する事を解っていた。
本当に身を隠すつもりだったのならば仲間を頼らず、
足が付かないようにしばらくは移動生活をしていたはずだ。
アリーナ姫ご成婚の報が各国に行き渡ったあの年
彼は突然バトランドのかつての戦友を訪ねた。
その後名を偽り、病で倒れるまでの間、イムルの学校で教師をしていたという。
アリーナはかつて彼自身が語った将来の夢の話を思い出した。
「どこか小さな村の教会で神の教えを説いていきたいのです。もしくは学校で子供達に何かを教える事ができたら・・・」
どこか遠くを見つめ、優しく微笑みながら語った彼の姿が鮮明に蘇ってくる。
神学校を優秀な成績で卒業し、神官としての将来を有望視され
王宮内でも大成するだろうと言われていた彼が語るにはあまりにも
素朴でささやかな夢だ・・・と当時のアリーナは思った。
その夢を語る彼があまりにも幸せそうで、
締め付けられるような胸の痛みの理由が自分でも理解できず
何も言葉を返す事ができなかった。
「何故・・・何故知らせてくれなかったの?」
責めるつもりはない・・・ただ確認したいだけ。
それを悟ったように戦士は答える。
「男同士の約束です」
「私がここにいる間はどうか内密にお願いします」
と彼は言った。
何かあればすぐにでも出て行くつもりだっただろう
身の回りには殆どと言っていいほど物が無かった。
学校に隣接する宿舎の一室
そこに残された物全てを集めても棺に収まるほどにしか・・・
たった一つを除いて
「彼の持ち物で唯一つ、棺に納められないものがありました。
此度はそれを献じたく、女王陛下のご前に参じた次第です」
兜と反対側に置かれたものを差し出す。
丸い半球状の物体に布が掛けられている。
アリーナは受け取って布を外した。
それは鳥籠だった。
中には鳥が一羽
明るい蜂蜜色の羽に赤みを帯びた栗色の目、尾羽が少し巻いた珍しい鳥だった。
「学校の生徒が怪我をしていたこの鳥を拾って彼に託したそうです。
翼の傷が深くて森には返せなかったらしく、とても大切に飼っていたようで・・・」
「本当は我が家で引き取るつもりでいたのですが、家内がどうしても女王陛下にお返ししろと言うのです」
「返す?」
返される理由などない。アリーナ自身はこの鳥を見るのも初めてなのだ。
「我が家に置いておくと家内が泣くのです。苦しくて耐えられない・・・と」
アリーナは受け取った籠の中を見つめた。
止まり木を行き来して何かをねだっているように見える。
籠にぶら下がっている餌袋に気付きアリーナはそっと穀物の粒を手に取った。
中の鳥に与えると鳥は嬉しそうに鳴き始める。
ルルルルと澄んだ声で鳴いたあと静かな声で呟いた
「アリーナサマ・・・」
一瞬耳を疑った
どこから聞こえたのか、とその場にいた一同が天を仰いだ程に、その声は懐かしい響きだった。
「ヒメサマ・・・」
ルルルルと軽やかな囀りをはさみながら鳥は続ける
「ヒメサマ・・・オハヨウゴザイマス」
「ヒメサマ、ゴキゲンイカガデスカ?」
「ヒメサマ・・・オヤスミナサイマセ、ヨイユメヲ・・・」
涙が溢れる
朝な夕なに彼はどれほどの想いを込めてこの鳥に語りかけていたのだろう
「ヒメサマ・・・」
もう二度と聞くことは叶わないだろうと思っていた懐かしい彼の声
自分を呼ぶその言葉に込められた想いまで、この鳥は見事に・・・
「彼との約束で言うならば、この鳥をお持ちする事自体が反故となるやもと思いました。
しかし、この鳥は彼自身が口にする事も叶わなかった彼の本当の願いを託されているような気がしたのです」
ルルルルル・・・・・
城内に響き渡る澄んだ声
「ヒメサマ・・・ドウカ・・・オシアワセニ」
-終-
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昨夜こんな感じの夢を見ました
もちろん文章にするにあたり細部を色々脚色しました。
夢の中ではこの鳥はチョコボ並にでかかったんですが・・・
今回の設定で語ると
クリフトは例え一人きりになっても姫を「愛してる」と口にできないだろうと思います。
例え心の中であっても言葉としてはっきりと形にすることもせず
「ヒメサマ」
この言葉の中に全てが詰まっている。
そんな気がします。
そして今回の話で私の中のライアンさんの位置が少しでも解って頂けのではないかと・・・(笑
クリフトが冷静に考えて最終的に行き着くのは彼だと。
勇者とは固い友情で結ばれていて、腹の底を見せ合えるくらいの関係であると思っています。
だからこそ、そこには行けない。
強固な情報網を持つ商人には絶対頼れないし
(仲間達が住んでいない遠隔地は彼の庭のようなものなで当然避ける)
彼自身が口が軽いという意味ではなく
サントハイムなどにも行き来のあるであろう彼に嘘をつかせたくないという意味もあると思います。
おせっかいで世話好きの踊り子や
未来を見る占い師は
あまりに姫と近すぎる
冷静で、情に篤く、かと言って情に流される事も無く
一定の距離を保ち、寡黙で、人を深く詮索せず、
言葉にせずともその奥に込められた意味を悟り
どこまでも誠を貫いてくれる
最終的に頼れるのは彼しかいない
あれ?クリアリSSなのになにライクリ語ってんだ私・・・・。
でもこんな形で私のイメージのライアンさんを書けるとは思ってもいなかったです。
なんか嬉しい・・・。
それにしても・・・どうして私の見るクリアリの夢はこうも暗いのでしょうか
もっとラブラブでほのぼのした夢が見たいです。
エロくてもいいんだけど・・・(オイ)
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
2009.7.17