「クリフトがいないの、お父様知ってるんでしょ?」
王の政務室に飛び込んできたアリーナ姫に王は飄々と答えた。
「奴は使いで城を出ておる。」
「いつの間に?昨日は一緒だったのに、今朝一番に部屋に行ったらいなかったわ。」
「早急に必要な文書ができてな、昨晩から使いに出したのだ。」
「それにしても朝から晩まで男の部屋に詰めておるのかお前は・・・呆れた奴だな。」
からかうような父王の言葉にアリーナは顔を赤らめ、むきになって答えた。
「朝と夕方だけよ!」
「・・・クリフトが私に黙って出かける事なんて無かったから驚いただけ。いつ帰ってくるの?」
「作業の進み次第だが・・・今晩か明日には戻るだろう。」
「良かった・・・。」
「姫よ、人にはそれぞれに与えられた仕事がある。もうそろそろクリフト離れをしても良い頃ではないか?
お前がいつまでもそのような事を言っていたら、奴も思うように仕事ができんぞ。」
「お父様、最近クリフトの転進について話を進めてるんでしょ?」
王の机に詰め寄り尋問するように手を叩き付けた。
「・・・クリフトが国を出るなんて絶対嫌だわ!」
「一生ではないぞ、たがだか一年や二年だ。」
「嫌よ。今までそんなに離れた事無いもの。」
「・・・アリーナ、なぜ奴を信じて待つことができんのだ?」
「・・・!?」
「本当に分からんのか?」
「どういう意味?」
「やはりお前には見えておらんのだな・・・。」
アリーナ・・・お前は幼過ぎて覚えおらんだろう
が・・・
15年前、サントハイム王后の崩御に国は
悲しみの色に染まっていた。
長く病の床にあった后は幼い姫を残してこ
の世を去った。
自ら姫を抱くこともままならない王妃に代わり、乳母と
して雇われていたのがクリフ
トの母であった。
「陛下・・・これは私の息子です、クリフ
トと申します。
幼い姫様の遊び相手になればと、連れてまいりました。」
愛妻を無くし、王自身もまだ悲しみの淵か
ら抜け出せない。
幼い姫をどう守って育ていくかも考えること
すらできなかった。
「・・・クリフトと申します。」
静かな言葉と礼の後、真摯な眼差しに目を合
わせた瞬間、王の中に微かな予感が過ぎった。
それは本当に微かだったが、次の瞬間少年もはっとした
ように王を見、そして姫を見た。
その表情を見て王は彼が自分と同じ目で同じ風景を見て
いる事に気付いたのである。
少年はまるで神の啓示を読み上げるように
言葉を発する。
「陛下・・・姫様は僕がお守りします。ど
んな事があっても必ずお助け致します。」
状況を理解していない幼い姫はクリフトの
手にじゃれて笑う。嬉しそうに彼の懐に収まった。
王は頷いた。
「頼んだ・・・。」
その後、クリフトの知性と勤勉さを買って
王はあらゆる教育を彼に与え、少年は全てに答えるように成果を現していった。
そして王の予知夢にもあった通り闇の力が
世界を覆ったあの時、姫と共に旅立ちその言葉通り姫を守り続けたのだ。
「ただ今戻りました、陛下。」
仕事を終え急いで戻ってきたのだろう、王の政務室に通された彼の息は上がっていた。
「姫様!?」
「ご苦労であった。早かったな。姫がお前を探して怒鳴り込んできた所だ。」
「それは・・・姫様、申し訳ございませんでした。急な事でしたので・・・。」
彼の笑顔を見てほっとしたのか、アリーナの不安は小さな怒りに変わった。
どうして自分だけがこんなに不安なのだろうか。
自分の心だけ置き去りに、周りの人間がどんどん未来に進んで行ってるような気がした。
(お父様もクリフトもずるい。まるで何もかも知っているような顔をして。 )
「アリーナ・・・お前は未来を夢に見たことがあるか?」
突然王に問われてアリーナは答えに詰まった。
「予知夢の事?」
「・・・わからない、無い・・・と思うわ。」
そもそも夢なんて物はいつもはっきりした形で残らない。
夢に見た事が現実に起こったとしてそれが予知夢であるかどうかなんて誰にも証明出来ないのだから。
「そうか。」
王はクリフトと目を合わせる。
彼もまた首を横に振っているが、王は目を伏せてそれを否定した。
「クリフトよ、お前はまだ点と点がつながっておらんのだ。」
「は?」
王はもう確信していた。
「そういえば歴代のサントハイム王はみな予知能力を備えておられたそうですな。」
口にしたのは部屋の隅に控えていたブライだった。
「しかしアリーナ様にはその片鱗すら見られませぬ。」
(いや戦いにおいての直感力はすばらしい物があるが)
「足りない物があれば必ずそれを補う者が近くに現れる。それが自然の摂理というもの。」
言ったブライに王は笑いながら答える。
「よくできている。」
「全くですな。」
話の流れが読めず呆然としてる若者二人に王は言った。
「クリフト、話していた通りお前にはしばらく城を出てもらう。」
「お父様!?」
「逗留先は私が手配する。しっかり修行してこい。」
「・・・はい・・・陛下。」
アリーナは訳が分からずあまりのショックで声も出ない。
「なに、そう時間はかからんだろう。」
「アリーナ様は勉強嫌いで・・・。」
ブライは少しクリフトに目配せをしてから言った。
「クリフトからでなければ授業を受けないと散々ごねておられた。
アリーナ様が受けるべき教育は全てクリ
フトを通しておりますからな。
基礎は十分身についておりますな。」
不安げに見上げてくる姫をクリフトは優しく諭した。
「政務に関わる勉強をしたいと陛下にお願いしていたのです。これからも姫様の補佐が勤まるように・・・。」
アリーナの胸にやっと言葉の意味が染み込んでくる。
何かを言おうとするがうまく言葉にならない。
「なるべく早く戻ってきます。」
いつもと変わらない笑みを浮かべる彼の顔は、すぐに涙で歪んで見えなくなった。
終